「車井戸はなぜ軋る」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿004

「犬神家の一族」を彷彿とさせる重厚な構造

「車井戸はなぜ軋る」(横溝正史)
(「本陣殺人事件」)角川文庫

「本陣殺人事件」角川文庫 平成31年版表紙

K村の名家・本位田家の
長男・大助が、
両眼を失った状態で
戦地から帰還した。
あれだけ明るく
思いやり深かった大助だが、
復員後は人が変わったように
暗く陰湿な性格になっていた。
祖母・槇、妻・梨枝、
妹・鶴代は、ある疑いを抱く…。

「本陣殺人事件」に併録されている、
わずか80頁弱の中篇なのですが、
名作「犬神家の一族」を彷彿とさせる
重厚な構造は
読み応えがあります。

【事件簿File-004「車井戸はなぜ軋る」】
〔事件発生〕
昭和21年9月(岡山県・K村)
〔依頼人〕
※依頼人に関する記述なし。
 おそらくは警察等の要請により
 事件の再調査に
 着手したと考えられる。
〔捜査関係者〕
※警察関係者は直接登場せず。
〔事件関係者〕
本位田弥助
…故人。維新当時の本位田家当主。
本位田庄次郎
…故人。弥助の嫡男。
本位田槇
…庄次郎の妻。
 亡夫に代わり本位田家を支える。
 事件当時存命。
本位田大三郎
…故人。庄次郎の嫡男。二重瞳孔
本位田大助
…大三郎の長男。戦傷で義眼となる。
本位田梨枝
…大助の妻。
 伍一の恋人だったという噂あり。
本位田慎吉
…大三郎の次男。
 結核患者。療養所生活。
本位田鶴代
…大三郎の長女。大輔・慎吉の妹。
 心臓病。
お杉
…本位田家老下女。転落死する。
鹿蔵
…本位田家下男。
秋月善太郎
…故人。没落した秋月家の当主。
 井戸で自殺。
秋月柳
…善太郎の妻。井戸で自殺。
秋月りん
…善太郎と柳の娘。伍一の姉。
秋月伍一
…大三郎と柳の息子。大助と異母兄弟。
小野宇一郎
…没落した小野家当主。
小野咲
…宇一郎の後妻。
小野昭治
…宇一郎と先妻の息子。
 家出。脱獄した。

created by Rinker
¥614 (2024/05/16 23:59:54時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

本作品の読みどころ①
一族にまつわる重層的な因縁

本位田家は同じく栄えていた
小野家・秋月家の財産を
吸収する形で
肥大していったのです。
特に秋月家は、
先代当主・善太郎が妻・柳を、
大助の父・大三郎に寝取られた結果、
善太郎・柳が
相次いで車井戸に投身するなど、
怨念が積み重なっているのです。

本作品の読みどころ②
瓜二つの運命の子

そうして大三郎との不義の末に
生まれた秋月伍一は、
大助と瓜二つ。
違いは伍一が
二重瞳孔であることのみ。
一方は本位田家の嫡男として
何一つ不自由なく生活し、
他方は貧しさにあえぐ暮らしを
送らざるを得ないのです。
何も起きない方が不思議です。

本作品の読みどころ③
戦争が狂わせた運命

この大助と伍一がそろって召集され、
同じ部隊に入隊するのです。
終戦を迎え、伍一は戦死、
大助は両目を奪われ帰還します。
ここからが本作品の肝なのです。
果たして復員してきたのは
大助なのか、それとも…。
このあたりはまさに
「犬神家の一族」です。

本作品の読みどころ④
妹・鶴代の書簡による進行

物語はすべて鶴代が
もう一人の兄・慎吉に
宛てた手紙で進行していきます。
病弱で線の細い17歳の
少女の視点で語られる事件は、
否応なく
おどろおどろしくなっていきます。
しかも事件を解決するのは
何とこの鶴代なのです。
本作品は実は、本位田鶴代の
事件捜査手記ともいえるものなのです。

本作品の読みどころ⑤
事件に介入しない金田一耕助

したがって、本作品は
金田一耕助の登場場面は限定的であり、
しかも事件には関与していません。
金田一は冒頭部の作者による紹介と、
鶴代に替わって綴られた
最後の慎吉の書簡に、
登場するのみだからです。
金田一耕助シリーズで最も
金田一耕助の存在感の薄い作品です。
金田一を登場させなくとも
成り立ちそうな作品なのですが、
ここにも読みどころがあります。
真相を知った金田一は、
あえて事件に関与せず、
関係者の身辺が落ち着くまで
捜査を猶予した(おそらく
協力依頼された捜査を
自ら中断したと考えられる)のです。
金田一の人柄の滲み出ている
エピソードであり、
見逃すわけにはいきません。

中篇作品でありながら、
読みどころを数多く持つ、
「犬神家の一族」「獄門島」
「八つ墓村」といった傑作長篇に
引けを取らない味わい深い作品です。
ぜひお試し下さい。

〔追記〕
※こちらの表紙のものもあります。

昭和時代の表紙(旧版)
昭和時代の表紙(新版)

(2019.3.24)

〔追記〕
こちらもご覧下さい。

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2023.8.15)


「車井戸は何故軋る」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説
  コレクション③」)出版芸術社

「横溝正史探偵小説コレクション③」

K村の名家・本位田家の
長男・大助が、
両眼を失った状態で
戦地から帰還した。
あれだけ明るく
思いやり深かった大助だが、
復員後は人が変わったように
暗く陰湿な性格になっていた。
祖母・槇、妻・梨枝、
妹・鶴代は、ある疑いを抱く…。

実は上に記した金田一耕助シリーズ作品
「車井戸はなぜ軋る」には
原形となる作品が存在します。
表題は「車井戸は何故軋る」。
改稿癖のある横溝は、
昭和24年(1949年)に本作品を執筆、
雑誌掲載したのですが、
その6年後の昭和30年(1955年)に
雑誌収録される際、
金田一ものへと転化させたのです。

created by Rinker
¥919 (2024/05/17 23:00:36時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

当サイト、基本的には
原形作品が存在する場合、
完成作品と別個で
その読みどころを綴る方針なのですが、
この二つの作品は、
金田一部分が付け加わっただけで、
改変部分がほとんどなく、
分量もほぼ同一です。
仕方なく、同一ページに
掲載する次第です。

読んでみると、
金田一抜きでも十分な味わいを
創り上げているし、
しかし金田一が登場することによる
魅力も捨てがたく、
甲乙などつけられない両作品です。
難しく考えずに、両方愉しみましょう。

〔作品の位置づけに関して〕
「獄門島」を中心に、
金田一耕助の足どりをたどると、
以下のようになります。
「本陣殺人事件」:昭和12年

②金田一、戦争へ応召
③金田一、復員。東京へ向かう。
 「百日紅の下にて」:昭和21年。
 解決後、その足で獄門島へ向かう。

「獄門島」:昭和21年。

⑤獄門島事件解決後、岡山県K村へ。
 「車井戸はなぜ軋る」:昭和21年。

(2023.1.2)

sulox32によるPixabayからの画像
おどろおどろしい世界への入り口

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

created by Rinker
¥2,640 (2024/05/17 09:15:16時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
論創社
¥2,420 (2024/05/17 16:49:40時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA